訃報:ハインリヒ・ハラー逝去
今年1月7日に、ハインリヒ・ハラーが故郷のオーストリアで逝去されました。
記事はこちら(共同通信の記事を四国新聞が転載してます)。
1939年夏に、ナンガパルバット遠征中に英国がドイツに宣戦布告したことにより、敵国人となってしまったため、インドに抑留。その収容所を脱走して、チベットに向かい、1944年からの7年間のチベット滞在体験を記録したのが”セブン・イヤーズ・イン・チベットーチベットの7年”で、それを基に、97年にはブラッド・ピット主演で映画にもなりました。
逝去の記事を報道したのはオーストリア・ウイーン発のAP電で”Mountaineer, ex-Nazi Heinrich Harrer of Seven Years in Tibet fame dies at 93”となっており、記事も過去のナチスの親衛隊との関係に大きな比重が割かれており、やはりいまだに重い課題なんでしょうか。ハラーは過去ナチスに所属したことは”とんでもなく不快な思い出”、と語っています。
そもそも、当時英国領のインドの収容所からチベットを目指したのも、むろん登山家としてチベットに惹かれたことが大きいが、その後、ビルマか中国の日本軍の前線にたどり着こうと考えていたとあります。(角川文庫版P17)
過去はどうであれ、その後もチベットの友人として、ラサ滞在以来、ダライ・ラマ法王との親交を保ち続けたようです。
故郷の街に作ったharrer Museumのサイト(英語)。博物館の周りには”Lingkor”なるチベット仏教の巡礼路の再現まであるそうで(下の写真)。
あとは、ハラーがチベット滞在中に撮影した写真集のサイトはこちら。
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Comments
映画「セブン・イヤーズ・イン・チベット」は2回観ました。いろいろと印象的なシーンがありましたが、映画の最後の方で生まれてから一度も会ったことのない息子に会ってダライラマから餞別にもらったオルゴールを息子の部屋にそっと置いてくるシーン、および息子と一緒に山を登るエンディングのシーンはやっぱり感慨深いです。ハラーにとって7年間もチベットで過ごすことになるそもそもの原因をつくった登山への情熱は、オーストリアに帰国してからも衰えることはなかったみたいですね。山が嫌いになったのなら、自分の息子を連れて登山には行かないでしょうから。それはまた、チベットでの体験がハラーにとって必ずしもひどい経験ではなく、むしろ人生にとって意義深い経験であったことをも物語っていると思います。
それと、中国革命軍の将軍がラサの王宮でダライ・ラマに謁見する際に、故意に砂曼荼羅を足で踏みにじったシーンがありましたね。昨年東京国際フォーラムのあいだみつを美術館で開催されていた「チベット砂曼荼羅の世界」のイベントで、砂曼荼羅の製作の実演を少し見たのですが。非常に緻密で労力と時間を要する作業であることが理解できました。映画のシーンが実話かどうかはわかりませんが、砂曼荼羅を踏みにじるという行為が非常に冒涜的・挑発的であることは間違いないですね。
いろいろご意見あるようですが、僕はなかなかよい映画だったと思います。
Posted by: あらけん | 2006.01.15 01:19 AM